導入事例広島工業大学の建築情報教育

2023.12.01

杉田 宗

広島工業大学環境学部建築デザイン学科准教授

はじめに、というかここだけでも

近年、BIM が広まりそのメリットも共有されていく一方、まだまだ中小企業では費用対効果の面でハードルが高く、導入に踏み込めない事務所が多いと思います。また、以前からある「大学はソフトを教える場ではない」という思想から、BIM がアカデミックからも締め出されている状況を目にすることもあります。このような状況を変えていくために、「大学はソフトを教える場ではない」という考えを払拭し、さまざまな技術を取り入れたトライアンドエラーを通して、新しい建築教育へのアップデートが必要であると考えています。ではなぜ大学で BIM をはじめとするソフトを教えないといけないのか? 少し CAD を触り始めた頃を思い出しながら考えてみましょう。

これまでは 2DCAD を用いて図面に線の情報を入力したり、建具表に建具の情報を記載するなど、インプットとアウトプットが 1:1 の関係でした。しかし 3DCAD や BIM の登場によって、1 つのインプットが多様なアウトプットになる関係へと変化しています。これこそがデジタル化された情報の価値であり、我々がデジタル技術を活用する上で最も意識すべきことだと考えています。BIM に入力された情報が、さまざまな姿に形を変えながらアウトプットされることを念頭に置いた上で、設計や施工を進める時代に入っており、その基礎を教えるためには、体系的な教育の枠組みを整備し、ある程度の時間を割いて建築情報を教えることが重要であると感じています。ここからは、私が広島工業大学建築デザイン学科で担当している建築情報教育について紹介します。

(左)インプットとアウトプットが1:1の関係 (右)1つのインプットが複数のアウトプットになる関係

「インテリア・木工」と「デジタルデザイン」

2016 年の改組の際に建築デザイン学科では「建築」を軸とし、「インテリア・木工」と「デジタルデザイン」を新たな柱として加えました。これら 2 つの柱を加えた理由は、現在の建築教育において、木材などのリアルな材料に触れる機会が少なくなっていること、また日本の建築教育におけるデジタル技術の導入が、海外と比べ著しく遅れていることが挙げられます。今後、建築業界にロボットや AI などが浸透していく段階においては、伝統的な技術を含めた既存のやり方と、最先端の技術の両方を理解し、それぞれの良さを尊重させながらうまく組み合わせていく人材が重要になってきます。新カリキュラムは、そのような建築の未来像を見据えた内容といえます。

デジタルデザイン教育は、『コンピュテーショナルデザイン(1 年後期)』『デジタルファブリケーション実習(2 年前期)』『BIM 実習(2 年後期)』の 3 つの科目で構成されています。コンピューター上での作業だけでなく、デジタルファブリケーションを使った実習など、デジタルとアナログを横断するコンピュテーショナルな思考を養い、作りながら考える力を伸ばすのが特徴です。

デジタルデザイン教育の入口である『コンピュテーショナルデザイン』

『コンピュテーショナルデザイン』では、国際的なデファクトスタンダードになりつつある Rhinocerosを使い、3 次元で考え、3 次元でデザインする基礎スキルを身に付けるとともに、Grasshopper を使ったパラメトリックモデリングでプログラミングを通したモデリングを学びます。Rhinoceros や Grasshopper の基本操作を教える映像教材を用意し、毎週事前にその映像を見ながら予習を済ませ、授業の中では授業時間内で済ませる小課題に取り組む形式をとっています。この小課題に加え、中間ならびに最終課題でより実践的な応用力を養う内容になっています。

例えば、前半 5 週間の Grasshopper 習得の最後に取り組む「3 次元模様」では、それぞれが伝統的な模様を一つ選び、模様の構成を理解して Grasshopperで再現するとともに、その模様の 3 次元への展開をデザインします。また、最終課題では、キャンパス内の既存の渡り廊下を架け替える計画を考えます。パラメトリックに操作しながらデザインを進めていく場面を強制的に設けることで、建築やものづくりの設計において効果的に Grasshopper やプログラミングを用いることの重要性を感じ取ってもらいたいと思っています。

(左)事前学習用の映像教材 (右)『コンピュテーショナルデザイン』の「3次元模様」

デジタルとアナログを行き来する『デジタルファブリケーション実習』

『デジタルファブリケーション実習』ではデジタル加工機を使い、3D でデザインされたものを具現化していくことに重点を置いています。レーザーカッター、3D プリンタ、CNC(コンピュータ数値制御)のそれぞれの特徴を理解し、これらを用いた 3 つの課題を通してデジタルファブリケーションの特性を活かしたデザインを考えます。

例えば、「ストロングエストブリッジ」という第 1課題では、2 人 1 組で 600mm × 400mm の厚紙 1 枚を使い、1 mの長さの橋を作ります。まず Rhinocerosを使い 3D モデルでデザインを進め、その後レーザーカッターで加工できるパーツに分解し、レーザーカッター用の加工ファイルを作成します。レーザーカッターを使えば、5 ~ 10 分程度でこれらのパーツの切り出しができるため、各グループは毎週試作し、その強度を確認しながらデザインを進めます。モデリングとプロトタイピングを繰り返し、より強度の高い橋のデザインを追求していく過程で、プロトタイピングを通したものづくりを実践することになります。

第 2 課題である「ステーブルタワー」では、一方向からの風に対して最も抵抗の少ないタワーの形を考えます。タワーは 10cm × 10cm × 18cm のサイズに収まり、体積は 450㎥という条件を設け、作っている形状がこれらの条件に収まっているかを Grasshopperで確認しながら、風洞シミュレーションを用いて風の動きについても確認します。最終的には 3D プリンタを用いて出力し、実際に風を当てて実験を行います。また、最終課題では、3 人 1 組で「スタッキングスツール」のデザインに取り組みます。大きさが910mm × 910mm、厚さが 12mm の合板 1 枚を使い、CNC を使って制作できるスツールをデザインし、実際に CNC を使い原寸で制作します。

(左)『デジタルファブリケーション実習』の「ストロングエストブリッジ」 (中央)『デジタルファブリケーション実習』の「ステーブルタワー」 (右)『デジタルファブリケーション実習』の「スタッキングスツール」

BIM での設計を習得する『BIM 実習』

より建築の実践に近いデジタル技術を学ぶ最上位科目として『BIM 実習』があります。ここでは BIM 特有の属性を持った 3D モデリングを理解するとともに、モデルの図面化ならびにビジュアライゼーションを習得し、BIM を使って基本設計レベルの図面やパースを作成することを目指しています。

最初の 3 ~ 4 週間で、教科書を使ってモデリングの基礎ならびに Twinmotion との連携を学んだ後、第1 課題では図面を基に「バルセロナパビリオン」をモデリングし、内観・外観のレンダリングを作成します。全員が同じ建物を扱うため、BIM の習熟度が課題を進めるスピードや、最終成果物の質として表れます。この課題を通して、モデリングから図面化ならびにビジュアライゼーションの一連の流れを理解するとともに、相対的に自分の実力を知る機会となります。

『BIM実習』の「バルセロナパビリオン」

最近は設計課題などにも BIM を活用する学生が増えてきたため、BIM を使った図面の質についても重点的な指導が必要になりました。そこで第 2 課題では、仮想プロジェクトの基本図一式を配布し、200 分間でBIM を使ってその図面一式を再現する課題に取り組んでいます。学生たちは大変苦労しながら進めますが、その図面をチェックし、足りない情報や線種などの誤った表現について細かくフィードバックを行っています。2DCAD で図面を描いている場合は、最終的なアウトプットである図面を見ながら直接編集できますが、BIM の場合には最終的な図面をイメージしながらモデルを編集して図面の質を上げていく必要があります。このギャップが、図面が重要視される建築教育において大きな課題になっており、その指導方法についてはさらなる検討が必要だと考えています。

最終課題では、2 年前期の設計演習の課題である「オフィスビル」を題材に、BIM を使って再設計に取り組みます。『BIM 実習』では新たなデザインを考える機会は少ないですが、これは前述のモデリング(インプット)と図面(アウトプット)の距離を理解して BIM で設計するにはある程度のトライアンドエラーが必要だからです。

『BIM実習』の「オフィスビル」

『BIM 実習』の履修を終えるのが 2 年の終わりであり、これ以降の設計演習や卒業設計で BIM を繰り返し使うことで、スキルを根付かせていくことを目指しています。また、Archicad グループだった学生が新たに Revit を学んだり、学生同士が教え合う環境もできつつあります。BIM を含めたデジタルツールに触れることで、学生間で行われる知識やスキルの交換が活発になり、それが建築や設計を楽しむ要因の増大につながることを望んでいます。

最後に

デジタルデザイン系科目は 2 年後期までに完了するスケジュールとなっており、そのこと自体が建築教育を考える上で早すぎるのではないか、という意見を多く聞きます。しかし、これらの知識や技術は言語と同じで、早い時期に身に付けることで、学生の視野を広げることにつながると思っています。今後の BIM の普及や、建築分野におけるロボットや AI の活用を考えると、大学における建築情報教育は単なる CAD 教育の域を超え、情報技術へのリテラシーを向上させながら、さまざまな先端技術について学べる教育になっていく必要があると考えています。

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プロフィール

杉田 宗(すぎた・そう)

1979 年広島県生まれ。2004 年パーソンズ美術大学卒業。Rogers Marvel Architects(2005 ~ 2006、New York)、MAD(2006 ~ 2007、北京)に勤務した後、2010 年ペンシルバニア大学大学院建築学科修士課程を修了。2010 年より(株)杉田三郎建築設計事務所。2012 ~ 2014 年東京大学 Global30 国際都市建築デザインコースアシスタント、2018 年広島大学大学院博士課程後期修了、博士(工学)。現在、広島工業大学環境学部建築デザイン学科准教授。専門は建築分野におけるコンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーション。『HIROSHIMA DESIGN LAB』や『ヒロシマ BIM ゼミ』など、広島を拠点に教育・研究・実務を横断的につなげる活動を展開している。主なプロジェクトは gathering(2010)、かも保育園ハッチェリー(2019)、山根木材福山支店(2021)など。建築情報学会常任理事