導入事例BIMでつくったアナログな時間
2022.08.01
図面整合で奪われる時間
私は勤務時代から3Dパースを作る役割を担っていたこともあり、独立後もパースを外注せず自分で作成していました。勤務時代はスタッフ同士で作業の分担ができましたが、独立して間もなく資金も人手もない状況で業務を行う中、図面と3Dパースの作成、修正作業が業務の重荷になっていました。
同じ作業を2 つの異なるソフトで行うわけですが、PCのフリーズやソフトのクラッシュを含めると、作業時間は倍以上だったのではないかと思います。今思えば、なんでそこまでして3Dパースを作っていたのだろうと思うわけですが、それは独立をして手探りで設計を進める中、不安や迷いを解消するのに必死だったのだろうと思います。
そんな中、普段から使い慣れていた Vectorworks で BIMができることを知りました。「そもそも BIM って何?」というところから始まるわけですが、これまで別々の作業をしていたことが一本化できる。3Dモデルを修正すると図面も自動で修正される。本当にそんなことができるのか?と半信半疑ながらも 2018 年から Vectorworks での BIM に取り組み、1 年間の冬眠期間を経て、2019 年に実施設計へと実装することができました。
Vectorworks という BIM の選択
私の事務所では前述した Vectorworks で BIM を導入しています。選定理由としては、使い慣れていたことと資金的に 100 万円を超える他の BIM ソフトを導入することが難しかったため、当時 50 万円弱で導入できた Vectorworks Architect での BIM に取り組むことにしました。
Vectorworks はプロダクト、インテリア、建築、ランドスケープ、イベント照明等、さまざまな領域で愛される汎用性の高いソフトです。特に細部のデザインにおいて操作性が良く、直感的なモデリングが可能です。また、3D モデルのライブラリーの質が高く、実在する最新の車両モデルや名作家具のモデルが利用できるため、プレゼンテーションにおいても表現の幅が広がります。また、Renderworks によるフォトリアルなレンダリングは、高速で美しいレンダリングを生成してくれます。
建築設計と情報を扱うための研修・教育
BIM の教育として、弊社でスタッフを採用する場合は、プログラミングの研修を何らかの形で導入したいと考えています。BIM モデルの入力作業はデータベースを作るようなもので、必要な情報をどこからどのように拾い上げるのか、基本的な感覚を身につけるトレーニングが必要になると考えています。また、実体験から、現場を知らない新入社員などには、建物がどのように作られるのかを精度の高いモデルで示すことは、実施設計のスキルを効率よく身に付けさせることに適していると思います。
BIM で作る設計のデータベース
BIM はストック型の設計手法です。一度モデルのオブジェクトを作成すれば、他のプロジェクトでも活用可能です。オブジェクトをストックし共有することができれば、設計の幅、業務効率が格段に向上します。そのため、社内にオブジェクト・データベースを構築し、ルールを定めて壁やスラブなどの構成要素や 3D オブジェクトをストックしていくことができればと考えています。
また、単なる CG ツールではなく、正確なモデルを作成することで、数量を含んだ情報を拾い出せるようになります。例えば計画中の木造のプロジェクトがあったとして、材料調達のボリュームを事前に確認したいという時は、過去の同規模の設計データから必要な数量データを拾い出し、暫定木材数量を算出することができます。弊社ではBIM モデルの活用はそのレベルまで至っていませんが、精度の高いモデルをストックしていくことで、将来的に BIMデータの活用にさまざまな可能性が出てくるのではないかと期待しています。
BIM でつくったアナログな時間が設計の質を上げる
オブジェクトや構成要素のストックを活用することで、基本設計、実施設計の効率が向上しました。企画・基本設計では、過去の BIM モデルから各種建築構成要素やオブジェクトを登録したテンプレートファイルを作成し、それらを使い回しています。小規模な住宅などであれば、1日の内に一般図とパースの提案書を作成することが可能です。実施設計への移行時は、一般図用の簡易な構成要素を実施設計用の複合構造に一括で変換することができるようになったため、業務効率が改善されました。
私は一人で設計業務を行うため、図面を描く時間よりも図面を修正する時間、特に図面間の整合を取るための修正作業が業務のボトルネックになっていました。BIM 導入後は基本的にモデルで作業を行い、各種図面は Vectorworksと PC に更新を委ねることになります。ある種、アシスタントを一人雇っているのと同等の効果があります。
図面更新には PC の処理に時間がかかるため、その時間を使って手描きでスケッチしたり、ディテールを手描きで検討したりというアナログな時間が取れるようになりました。BIM モデルだけで設計を進めてしまうと、初期段階でイメージが固まり過ぎてしまい、発展性が乏しいと感じています。こうしたアナログな時間ができたことは設計の質を上げることにつながると感じています。
建築主へのプレゼン方法も静的なものから動的なものに変化します。導入以前は紙に出力した図面の見方から説明していましたが、BIM 導入後はモデルを真上から投影し、立体的なプランを動かしながら説明しています。アイレベルのビューを事前に登録しておき、「ここに立つとこんな感じで空間が見えます」と画面を切り替えながら説明することも可能です。そうすると「ここに窓をつけるとどうなりますか?」と聞かれ、その場で窓を追加する。打ち合わせ中にはインタラクティブな意思疎通が行われるようになりました。特に Vectorworks は簡易な 3D 描画でも十分なクオリティのグラフィック表現が可能で、その美しさはとても気に入っています。Twinmotion などのビジュアライズツールと連携し、CG 動画が容易に作成できるようになったので、民間のコンペ形式のプレゼンには大いに役立っています。
発注者のメリットとは
リモートでの打ち合わせで BIM は説明がしやすいツールだと考えています。WEB 会議の各種ツールには画面共有の機能があるため、画面を動かしながら空間を擬似体験してもらうことが可能になります。また、建築後のアフター対応においても、BIM データを建築士事務所や管理会社で管理していれば、リモートで不具合箇所を確認し合い、手配が迅速に行えます。
他業者との BIM を介したデジタル連携の状況について
BIM データ上という意味ではあまりうまくいっていないのが現状です。原因の一つは、BIM を扱える工務店が身近にいないことです。近年、Vectorworks の2D変換出力は年々精度が高くなり、Jw-cad へのエクスポートは比較的安定して変換できるため、各図面をパブリッシュという機能を使って一括変換し、社内チェックをした上で、取引先へ送付しています。BIMの数量データをエクセル等で出力して共有するというような活用方法も将来的には検討したいと思っています。
BIM を活用して多様な働き方を考える
遠隔の場所で BIM ネットワークを利用し、共同設計ができるようになれば、オフィスの所在地に縛られないため、人手不足という課題を解消するヒントになるように思います。将来的には、遠隔地のスタッフと共同設計ができる建築士事務所になれるといいなと思っています。私は都市部より田舎の魅力的な街に遊びに行くことを好んでいるので、各地方を結ぶような働き方が選べる建築士事務所にできるといいなと考えています。
BIM でつながる未来
BIM の実施設計モデルはかなりのデータ量になり、高額なソフトに加え PC スペックが重要です。総合的な費用対効果が導入障壁となるケースが多いように感じています。近年ハード面の発展が目覚ましく、比較的安価なノートPC でも、十分なパフォーマンスを発揮できるようになりました。今後、BIM データを共有できる施工者が増えてくると、私たちの設計意図や情報共有がスムーズに行えると考えています。そういった面で木造 BIM ツールというプラグインがある Vectorworks は、木造を中心とした工務店にも導入しやすいソフトだと思います。
BIM が社会の中で運用されるようになるには、オープンな関係性で川上から川下までつながることが重要だと感じています。もちろん、技術流出などコンプライアンス上の配慮は必要ですが、設計者が BIM データを抱えているだけでは十分にその価値を活かせないのだろうと思います。企画から設計~施工~運用までがつながった BIM の運用が近い将来実現できることを願っています。
BIM を活用した実際の事例紹介
<事例1>
初めての実施設計案件は、北九州市の歯科医院の新築プロジェクトでした。このクリニックは小学校の通学路に面しており、開口部を大きく取ったキッズルームを配置したことで、「あの歯医者さんに行きたい!」とお子さんに連れられて来院される患者さんがいらっしゃいました。これは BIM モデルを見ながら院長先生が発案されたアイデアを形にしたものです。インタラクティブな意思疎通をするということは、建築主が設計参加しやすくなることだと感じました。
<事例2>
進行中のリノベーション・プロジェクトでは、モデルを見ながら仕上げを検討しています。その場でテクスチャーを張り替えながら、クライアントとイメージのブラッシュアップを行っています。太陽光の設定をすることで自然な影の投影もされるため、生活のイメージがしやすいツールです。また、2022 の新しい機能として、オブジェクトの面ごとにテクスチャーの貼り替えができるようになり、打ち合わせで大変助かっています。
<事例3>
別の現場では、キッチンメーカーの担当者とダクト経路をモデルで確認しながら打ち合わせを行いました。これにより、リノベーションなど既存の制約を受けるプロジェクトでは、梁や天井懐等の取り合いについてスムーズな打ち合わせが行えるようになりました。
プロフィール
井上 浩平(いのうえ・こうへい)
1983 年生まれ。2006 年九州産業大学工学部建築学科を卒業後、組織設計事務所、住宅販売、アトリエ事務所等を経て 15 年井上浩平建築設計事務所を設立。 21 年より BOUNDARY DESIGN(バウンダリーデザイン)一級建築士事務所と名称を改め、建築を軸にクリニック等の空間デザイン、各種デザインディレクションを行う。