導入事例地方組織設計事務所におけるBIM 活用の歩みと展望

2022.10.03

浦 淳

(株)浦建築研究所(石川会)

会社紹介

弊社、浦建築研究所は、石川県金沢市を拠点とし、意匠・構造・設備などの各専門部門を備えた組織設計事務所です。現在の所員数は、私が同じく代表を務める浦設備研究所と合わせ 50 名弱。1957 年の創業以来、北陸をはじめ全国、特に近年では海外の物件も受注しています。

BIM ソフトウェアの導入経緯

2009 年の BIM 元年からさらに数年経って、周辺の大学でも BIM を扱い始めたころから研究室などに聞き取りを行ったり、各ソフトウェア会社から情報を収集したりして、導入の検討をしてきました。

2016年にRevit(Autodesk社)、Archicad(GRAPHISOFT社)、Vectorworks(A & A 社)をそれぞれ購入し、使用しながら会社に合うソフトウェアを模索していきました。導入当初は、弊社の東京事務所の所員を中心に、教本やセミナーを活用して地道に使い方の学習から始めました。また、当時進行中だったプロジェクトのモデルや図面作成はもちろん、自社の作品展の中で作成した 3D モデルを用いた VR 展示を行うなど、部分的、試験的に活用しながらノウハウを蓄積しました。その技術を、社内での技術者研修や人員の異動などを通じて金沢の本社へ逆輸入するような形で社内の BIM に対する意識の向上を図りました。

このプロセスを通じて、現在では Revit を社内での BIMソフトの中核に置いています。主な理由としては、いくつかの物件で当該ソフトウェアでの他社との連携の必要性が生じたこと、また海外物件もある中で世界的なシェアの高さも目安となりました。ただし、今後の状況の変化や物件に合わせて他のソフトウェアを使用していくことは十分に考えられます。

導入後の状況と変化

初めて BIM ソフトウェアを導入して以降、試験的な意味もあり、その時々で使いたい機能をつまみ食い的に使用してきました。例えば、ボリューム検討の資料で平面の色分けと面積集計表を連動させてつくる、あるいは打ち合わせ資料のために特定の部屋の平面とその展開図だけを描くなど、一部の機能を限られた場面で使用することも厭いませんでした。レンダリングパースやムービー作成を行うためだけのモデルも多く作成しました。また、実務的な基本・実施設計図面の作成や、照明・日照のシミュレーション、設備の干渉チェックなども行っています。一つの物件を 1から 10 まですべて BIM でやり切るというのは、弊社でまだハードルが高いです。社内の物件の多くはチームで行いますが、所員全員が BIM ソフトウェアに長けていたり、扱えたりするわけではないため、現状では業務のワークフロー全体に BIM を組み込む段階には至っていません。

しかし、優れた建築物を創造するという目的に対し、あくまで BIM は手段・道具の一つとして捉え、機能を限定してもいいから柔軟に運用していくということが、こうした技術の移行期には求められると考えています。最初は、さまざまな年代の所員がいる中で BIM はとっつきにくい、難しいという意識がどうしてもありました。その中でまずは少しでもいいから気軽に使ってみようという取り組みを発信していったことで、徐々に BIM という存在を社内に浸透させることができ、「操作を勉強してみたい」という前向きな声が聞かれるまでに空気が変わっていきました。

また業務の中で大きく変化したことは、今までは作図の工程とパースなどのモデリングやビジュアライズの行程が完全に分離していたのに対し、BIM によってそれらが連動するようになったことです。発注者とのコミュニケーションにおいて、2D 図面では分かりにくい部分を 3D を使って補う場面が多くあります。その時に設計と並行して 3D での検討ができることのメリットは大変大きいです。

活用事例

BIM については欧米、アジア双方において導入が進んでいるケースが多いようですが、ある海外の高架鉄道駅の設計業務では、最終成果品に LOD300 程度の BIM モデルが求められました。主に機械設備等の干渉チェックに使用されるとのことだったため、成果品の各ファミリの LODは 200 だったり 350 だったりと作業効率と目的に応じてすり合わせを行いました。BIM データの共有では Autodesk BIM360 を用い、現地とのスムーズなやりとりができました。

北陸を拠点としている銀行支店の計画では、ZEB への適用など環境に配慮した施設計画の要望もあり、Rhinocerosと Grasshopperを用いて日射量のシミュレーションを行いました。ファサードに小庇とスクリーンを施した場合とそうでない場合における夏場の積算日射量を可視化し、空調設備の負荷の軽減や結果に基づいた意匠への反映を行うことができました。

※LOD(Level of Development)
BIM モデルの作成および活用の目的に応じた BIM モデルを構成する BIM の部品の形状および属性情報の詳細度合い。詳細度が上がると LOD レベルが高くなる

※Rhinoceros(ライノセラス)
3 次元モデリングソフト

※Grasshopper(グラスホッパー)
Rhinoceros 上で動作するプラグインのモデリング支援ツールで、膨大な量のシミュレーションが可能

銀行支店の外観イメージ
(左)シェードパネルによる日射量解析(開口率 50%)、(右)パネルの配置パターンによる日射量解析

乳製品を取り扱う工場の設計では用途の関係上、意匠・構造・設備が複雑に絡み合う建築計画となりました。計画を進めていくうちに、2D のままではそれぞれの納まりの関係性が理解しにくい箇所が多く見られたため、基本設計の段階から各部門のモデルを Revit に集約し、総合的な設計を行い、ビジュアライズしたものを軸に設計を進めていきました。そのため、従来よりも各部門間の干渉チェックのスピードが向上するとともに、課題の早期発見ができました。 BIM を軸に設計を進めていたことにより手戻りが減少し、業務の効率化につながりました。

乳製品工場の外観イメージ
(左)意匠・構造・設備をビジュアライズしたモデル、(右)意匠・構造・設備の干渉チェック(立面)

今後の課題と展望

移行期間を経て、これからはいかに社内業務の中に BIMを組み込み、その比率を増やしていくかが課題の一つです。そのためには、BIM の思想に合わせた形で、これまでの設計業務フローの見直しが必要だと考えています。そこで現在は、ある程度 BIM で設計した物件を下敷きにして社内テンプレートの作成を進めています。まずは従来の社内の図面書式を、合理的な範囲で順次 BIM の図面に反映しています。社内におけるデータ精度の標準化はもちろんのこと、BIM を扱える所員をさらに広げていくにあたって、テンプレートによって BIM に着手しやすい環境をつくるという意味でも重要です。

社内テンプレートの作成

同時に、各設計フェーズでの意匠・構造・設備各部門との BIM データ連携のさらなる強化を図っています。社内でモデルケースとする物件を定め、業務のキックオフの段階から各担当が BIM データの連携についてのすり合わせを行い、設計業務フローを洗練させていきたいと考えています。

また、熱、風、日照などの各種シミュレーション技術、プログラミングとアルゴリズムによる設計技術の開発、AR技術の活用など、BIM の大きな可能性をさらに追求していきたいです。

大きな課題として、せっかく弊社で BIM データを用いていても、現状で BIM データの扱いに慣れているのは全国規模の施工会社に限られているという状況があります。しかし、公共工事における令和 5 年度からの BIM / CIM 原則適用(小規模を除く)など状況は確実に動いており、地元の施工会社でも徐々に BIM に取り組みはじめた企業が増えてきています。自社だけでの取り組みでは限界があるので、機会があれば積極的に社外との連携も行い、互いの知見を共有しながら課題に取り組みたいです。それによって地方での BIM 活用の動きを前に進め、より幅広いお客さまにメリットを提供したいと考えています。

記事に関するご意見・ご感想はこちら

プロフィール

浦 淳(うら・じゅん)

石川県金沢市生まれ。大阪で建設会社に勤務後、1993 年(株)浦建築研究所入社。2006 年同社代表取締役社長に就任するとともに、まちづくりの NPO 法人趣都金澤を設立。2013 年には文化事業会社(株)ノエチカを設立。建築家、まちづくり・文化事業プランナーとして、北陸の建築・文化の発信を目指している。主な作品に、金沢港クルーズターミナル、ベルリンゆらぎの茶室(忘機庵)、活動に GO FOR KOGEI プロデューサーなど。