導入事例2Dの煩雑さからの魂の解放を目指して

2024.04.01

横川 佳津雄

一級建築士事務所 i Architects(石川会)

BIM を導入した経緯

独立前は異なる 2 社のアトリエ系事務所に勤めていました。先に所属した事務所では、設計期間の短い物件においては『図納め優先で後は現場で考える』ことが常習化していました。当然のことながら現場に皺寄せがいき、不整合の指摘を受け、その解決に奔走、時間をさらに費やすことになっていました。作図は2DCAD を用いており、整合性をつけるため小さなディスプレイ内には常にいくつものデータ(平面詳細、断面詳細、展開など)を同時に開いてそれらを行ったり来たりしていました。それに加え、変更が生じた際には関連する図面全てを追従させ、各種図面ごとにファイルデータがあるため、建物規模によってはファイル数が多くなり、そのデータ管理にも大変な労力を費やしていました。特に複数物件が同時進行している時は、少々脳内もバグっていました。このような 2D の煩雑さに魂を引かれていたのだと思います。

もし 3D で連動するソフトがあれば不整合が少なくなり、デザインやディテールなどの検討に時間を費やすことができるのではないか、という思いと理想を巡らせていたところに BIM があるということを知りました。しかしながら、その事務所では導入には至らずじまいでした。

2 社目で初めて BIM ソフト Archicad を実務実践(しかもチームワーク)し、体感しました。実際にソフトを操作する以前は、入力した高さや大きさが各種図面に反映され、簡単にできあがっていくものだと思っていました。しかし、現実は平面、立面、断面こそできるものの、他の図面に関しては簡単な作業ではなく、理想のレイアウトや各種構成要素(例えば建具や家具等)の情報を図面として引き出すための操作に慣れることから始まり、各種情報収集と整理整頓、アウトプットの操作に時間を割かれていたことを記憶しています。

特に印象深かったのが、最初に勤めていた事務所で図面の表現というものを叩き込まれたこともあり、BIMで作成した図面がこれまで書いてきた図面と乖離するものがあり困惑したことです。そんな折にクライアントから「もっとわかりやすい図面にしてほしい。今のままでは壁か開口部かわからない」と言われました。BIM ソフトは各種情報を入力することで図面を作成するのですが、図面の表現方法は、設定から線の太さを細かく見直すことしかできませんでした。しかし、設定を見直し、サポートに問い合わせても結局解決には至りませんでした。その当時のソフトの限界なのか、設定側に原因があったのか、今となってはわかりません。

兎にも角にも、初めて操作するソフトということもあり、攻略本や電話サポートを利用し、拙いながらも意匠図の約 75%を Archicad で仕上げ、これが私のBIM デビューとなりました。戸惑うこともありましたが、パソコンでのモデリング作業による作図により、2DCAD での煩雑さからの魂の解放をさせるような、私の中の黎明期となりました。

Vectorworks を選んだ理由

使用している BIM ソフトは Vectorworks Architectで、選定理由は下記の 3 点です。

  1. 学生時代に 2DCAD で使用し、慣れ親しんだこと
  2. 他社のソフトと比較して、2D、3D(モデリング、レンダリング込)、そして BIM 機能を含んだオールインワンで安価であること
  3. 直感的な操作で扱いやすいこと

BIM を使うなら 2D は必要ないのでは? と思われる方もいるかもしれませんが、現状まだ BIM 操作に不慣れであるため、2D は図面の補完や緊急を要した際に使っています。実際、設計期間に余裕がない物件においては 2D で書いた方が早い図面もあります。BIM で図面を作成できれば、図面間の整合性が担保でき、各種図面作成の短縮化も図ることができます。また、変更後の対応も最小で済むため、将来的には完全 BIM へ移行する予定です。

BIM 導入にあたってのハード面の整備状況

BIM ソフトメーカーが推奨する PC の最低スペックを満たし、一つのファイルデータで全てを管理することからデータ量も大きくなるため、なるべく高スペックなものをと考え iMac Pro を導入しました。資料や Web カタログ等をパソコン上で確認しながら作図できるように、同メーカーの Studio Display も追加しました。マルチディスプレイで作業効率が上がり、作図時間の短縮につながっています。また一ファイルで管理するにあたり、万が一のこともあり得るので、Mac OS に標準搭載されているバックアップソフト、Time Machine で外部ストレージに自動的にバックアップを取るようにしています。

(左)iMac Pro のスペック。OS のバージョンは執筆時 
(中央)iMac Pro と Studio Display。ともに 27 インチ
(右)バックアップの外部ストレージ。総容量 8TB で RAID1 を構成

iMac Pro も今となっては古いタイプとなり、レンダリングに掛かる時間など少々物足りなさを感じています。ただし、煩雑な作業を素早くこなせる高性能ハードであっても、それに追従する新ソフト開発とのイタチごっこのようにも思えます。

BIM 習得までの道のり

基本的には攻略本を参照していますが、それだけでは分からないことも多く、メーカー公式電話・メールサポートも駆使しながらの図面への書き出しに四苦八苦の一言です。少しずつですが、経験が何物にも勝る知識となる、と鼓舞しながら邁進中です。

また先述した図面について、Vectorworks も理想の図面とはいえず、全ての図面をレンダリング出力した上で、線データで補足する作業を行っています。例えば立面図でいえば、BIM でそのまま出力したものは線の太さがすべて均一で、建物の輪郭線、手前にあるものの表現などメリハリがなく、フワフワした図面に見えます。これに 2D 線で太さの違いを補足してみると違いが一目でわかります。BIM はそういうものだ、と割り切ればそれまでかもしれませんが、その一手間を加えることで、図面の印象が違ってきます。とはいえ、この作業も一苦労です。

(左)生の BIM レンダリング立面図 
(右)生の BIM レンダリングに 2D 線でブラッシュアップした立面図

BIM を使用するメリット

2022 年、某美容室(延床面積 18 坪程度)の実施設計を、通称四号物件で規模も小さいことから、本格的に BIM で取り組んでみました。簡単と思えた物件でしたが、屋根の架構に一工夫必要で、構造設計者やプレカット業者への打ち合わせも電話では伝わらないことが多々ありました。そんな中、BIM モデルの 3D を見せたところすぐに伝わり、迅速に各種対応をしてもらえました。これが 2D だと打ち合わせに必要な箇所を新たに書き足す作業に時間を取られていましたが、BIM では見せ方もさまざまな方法があり、必要な箇所を取り出すのも簡単な作業でスムーズにできました。このようなやりとりだけでなく実際の図面においても同様に、部分詳細図も簡単に取り出すことが可能で、これまでのように部分詳細図を別で新たに起こす、という手間や不整合がなくなりました。

断面詳細図から部分詳細を取り出した図面

また、これまでクライアントには原則として模型とイメージパースを必ず提出していました。特に今回の美容室に関しては、自然光や外からの視線を気にされる内容だったため、模型を作製する前に、BIM モデルにて開口の開け方や光の入り方、内外からの見え方など多方面でデザインの検討を行いました。

イメージパースに関してはオールインワンソフトとはいえ、2D 図面と切り離して作成したこともあり、入力に二度手間感がありました。BIM を使うことで必要情報を入力、調整すればイメージパースの元図ができ、あとはレンダリングで調整して完成するため、今までパースに掛けていた時間の短縮につながりました。

BIM のイメージパースをパノラマで出力したものは、3D による空間全方位を表示できます。これにより、あたかもそこに立って空間を見ているかのような見え方ができ、クライアントとのイメージ共有に役立つとともに、わかりやすいと喜んでもらえました。

(左)内部空間のパノラマ(全方位)。専用ソフトで見るとモデリング通りの空間として見られる
(右)施主との打ち合わせ。パノラマで書き出し、狭小空間でも全周囲見渡せるように視覚化
BIM でのイメージパース。レンダリングは Twinmotion。悲しいことに Mac ではパストレーサーに非対応

BIM を活用した今後の展開

建築士事務所には浸透しつつある BIM ですが、地方の地元工務店等にはまだまだ知られていないのが実情です。工務店側においても、BIM を使うことで設計イメージが容易に理解できる、施工順序における注意点の早期発見ができるなどの導入メリットがあることを、現場を通して伝えていきたいと思います。

ですが、今までの 2D 作図からモデリングに移行したことで、模型を作らない、ということは私の中ではありません。理由として一つ目は手を動かすこと、二つ目はリアル 3D であることです。手を動かすということは、例えば材料を切るという行為はその手元を目で捉えています。パソコン作業では手元は見ません。この作業でも「手元を見ながら作る」という行為が、スケール感を把握しながら進める、なくてはならない作業だと思っています。モデリングしたものは 3D とはいえ、いわゆるデータの中の話です。リアルなプロポーションやスケール感の確認は模型でしか表せません。自分の中の説得材料のみならず、クライアントへの説得力も違います。

スタディ模型の数々

最後に、以前は BIM の有用性は新築のみと思っていましたが、現在、改修の場合の操作方法を学んでいます。改修の場合、設計時と解体後の現況で図面訂正も発生するため、BIM の一元管理で図面作図の時間を短縮し、その分より良い建築となるよう内容検討に時間を費やしていこうと思っています。

便利なクリエイティブ支援ツールとしての BIM がもっと便利に身近なものとなり、2DCAD からの魂の解放を期待しています。

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プロフィール

横川 佳津雄(よこがわ・かずお)

2018 年金沢工業大学大学院工学研究科建築学専攻修了。(株)金沢計画研究所、(株)シーラカンス K&H を経て、2017 年一級建築士事務所 i Architects 設立。