導入事例もう2DCADには戻れない
2023.06.01
BIM 導入のきっかけ
私が BIM で建築設計をするようになったきっかけは、今からもう 5 年ほど前になりますでしょうか、旧知の施工店に実施見積もりを依頼したときのことでした。その担当者が打ち合わせのために、かなり正確な3D モデルを用意してきました。基礎伏図や各床伏図、軸組図を 3D にして、ノートパソコンを使いながら疑問点を質問してきたのです。見えにくいところは、3Dモデルをくるくる回しながら質問してきたので、ポイントが分かりやすいなと今でも記憶に残っています。
また、同時期に別のプロジェクトのお客さんから、「こんな建物内部の様子がわかるような資料があると理解しやすいのですが」と、あるデベロッパーが作成した建築の 3D パースを見せられました。このようなことが立て続けに起こり、いよいよ自前で 3D モデルを作成できるようになりたいと思い始めました。その 3D モデルで質疑をぶつけてきた施工担当者から詳しく情報を聞いたところ、SketchUp という 3Dモデルに特化したアプリケーションで描いたことが分かりました。私も何度か設計中の図面を基に 3D モデルを描いてみましたが、なぜかしっくりきませんでした。その理由は、3D モデルは SketchUp、作図作業は Vectorworks で行っていたため、作業量が増えるだけだったからです。
私は 30 年以上前、独立する時に前職の退職金を投入し Macintosh と MiniCad(のちの Vectorworks)で設計を始めました。当時は、まだ Windows OS が誕生しておらず、PC で設計活動をするのであれば、ユーザーインターフェイスに優れていた Macintoshと MiniCad の組み合わせ一択でした。一度、Mac とMiniCad で設計活動を始めると他の OS や CAD に移行することが難しく、そのまま現在に至っているというのが実情です。そのため、3D モデリングを日常業務に取り入れていくには、Vectorworks の BIM を活用するというのが私にとっては最善の選択でした。
BIM のメリット
2018 年春、いよいよ Vectorworks の BIM を導入することにしました。使い慣れていた Vectorworks とはいえ、BIM となるとそれまでの 2D とは概念と作業内容がガラリと変わりました。結論から言うと、その時点で思い切って BIM に移行して良かったと思っています。数多い良かった点のうち 2 点をお伝えします。
良かった点の 1 つ目は、図面を大量の線で描くという作図作業が激減したことです。Vectorworks の BIMは、主に「スペース」という平面形状の概念と「ストーリ」という高さの概念で構成されます。「スペース」は平面形状で、内部仕上げなど各平面形状が持っているさまざまな情報を編集・入力していきます。「ストーリ」では建築それぞれの高さを入力します。これらの平面形状や建築の高さを決めていく作業は、いちばんクリエイティブで重要なデザイン行為であり、最も時間を使いたいプロセスです。これらの作業で建築の大枠が決まります。その先は作図作業ではなく「編集作業」になります。
「スペース」と「ストーリ」のデータを基に、編集作業で床スラブを作り、外壁や内部間仕切りを立ち上げ、天井を作る、外壁に窓を挿入する、内部間仕切りに室内建具を挿入する。木造であれば柱も勝手に配置してくれます。すべて、作図ではなくアプリケーションを使った編集作業なのです。それらは、すべて 3D で入力されていくため、編集途中に 3D で随時確認することも可能であり、納まらない部分、おかしなプロポーションは 3D を見ながら瞬時に確認・編集することができ、格段にデザイン作業の密度と効率が上がりました。
モデル完成時には、平面図、立面図、断面図などすべての図面は完成しています。言い換えますと、スペースを作成するとき(平面計画を決めること)に 2D で作図作業をするだけで、平面詳細図でこまごまとサッシ図面を描くような作図作業はほとんどなくなったということになります。ちなみに、サッシサイズやデザインは編集作業で瞬時に変更できます。Vectorworks BIM で 3D モデルを編集するというデザインワークスタイルは、時間と体力の消耗戦という単純な作図作業から私を開放してくれました。
良かった点の 2 つ目は、依頼者にとって分かりやすい提案ができるようになった点です。それまでの初期段階基本計画案の提案では、1/100 の平・立・断に加えて、スチレンボードのホワイトモデルで計画案を提案していましたが、BIM 導入後は 3D 情報で提案することが容易にできるようになりました。BIM で基本計画案をつくるということは、提案する建築の塊をモデリングして整えていくことなので、モデルが整うと、平・立・断は出力するだけであり、その時点でホワイトモデル程度のバーズアイやウォークスルーも容易に取り出すことができます。時間的にも内容的にも大きな進歩となりました。
BIM の活用方法
また、傾斜地の計画では、等高線に高さを与えて地形も表現できるようになりました。それを基にしたエスキスも行うことができ、クリエイティブ作業も依頼者への提案内容も大幅にグレードアップしました。2D 等高線だけを見て想像しながらエスキスをしたり、スチレンボードでコンタ模型を作って確認したり、ではなく、画面上で地形を確認できることは BIM 導入以前では考えられなかったことです。さらにその傾斜地の地形と建築 3D モデルを基に現地の写真と合成し、YouTube 上で閲覧者がマウスで自由に見たい方向に視線を変えて建築と風景を見ることができるバーチャル・リアリティなプレゼンテーションも可能になりました。
最後に、私が実際に使っている BIM の提案方法で有効な使い方を紹介します。この方法は、インターネット上に公開されていますので、一般的に知られている手法かと思います。それは、リノベーション計画時に、既存躯体は白で表現し、更新する躯体には色をつけてモデリングするという方法です。着色された更新躯体も、部材サイズや種類で色分けするとさらに分かりやすくなります。依頼主はもちろんのこと、施工者にとっても残す部分と更新する部分が明確にわかり、設計者の意図が正確に伝えやすくなりました。
いずれのケースにしても、伝えたいことがより伝わりやすくなり、分かりやすい提案になりますので、BIM に更新してとても良かったと感じています。
BIM 習得までの道のり
とはいうものの、2018 年の導入当初は慣れない作業のため、もとの 2D で描いたり、BIM を少しいじってみたりと行ったり来たりの繰り返しでした。少しでも BIM に慣れるためにチュートリアルをなぞったりしました。しかし、それでは疑問点が明確になりませんでした。やはり、実践で疑問点を洗い出し、その都度、習得していくしかないと感じました。
そこで、思い切って提出期限のある木造 2 階建て、300㎡、鉄骨造増築、木造部改修の実施設計を BIM ですべてやりきることにしました。途中で投げ出すことができない3 週間、BIM の教則本を頼りに、編集作業の大格闘が繰り広げられました。各スペースに床壁天井の仕上げ情報を入れると仕上表ができあがる、ということがアナウンスされていても、どのようにそれを仕上表にするのかが分からない。そんなことばかりの連続。その都度、教則本を読みあさり、分からなければインターネットを検索したり、マニュアルを見たり。その繰り返しで、なんとかギリギリで実施設計図書一式を仕上げることができました。この戻ることができないギリギリの状況に自身を追い込んだことで、BIM を実践レベルで使いこなせるようになり、大きな戦力にすることができたのかなと感じています。
Mac で Vectorworks ユーザーの知り合いが、BIM に切り替えたいけれどどのようにして習得したかと相談しに来たことがありました。私の経験から、逃げ場のない状況を作って実践で一度やりきるのが一番の方法だと伝えました。彼は考え込んで苦笑いしていました。
さらなる高みへ
一度 BIM を戦力にしてしまうと、もう 2DCAD の世界には戻る気になれません。一本一本の線を描くという作業がほとんどなくなり、よりクリエイティブな思考作業に時間を費やすことができるようになりました。特に私のような少数精鋭で設計をしている小規模事務所では、図面を描く、模型を作るという作業が大幅に減ることで得られるメリットはとても大きいと思います。さらに、依頼主にわかりやすい提案が容易にできるようになったことが一番大きな収穫であることは言うまでもありません。
ただし、私自身はVectorworks BIM の持っている可能性の数 % ほどしか使えていないという自覚があります。もっともっと可能性を掘り下げていくことで、さらに大きな戦力になっていくとみています。もう 2DCAD に戻れないというよりも、さらなるステップアップへ向けて、BIMの可能性にチャレンジしていきたいと考えています。
プロフィール
佐山 希人(さやま・まれひと)
1961 年生まれ。83 年東京理科大学理工学部建築学科卒業。住宅メーカー、社会交流空間創造企業を経て、2006 年(株)生活空間研究所を設立。09 年に(株)佐山建築研究所に名称を改め、建築を軸に住宅、社会交流空間等の企画・デザイン・設計を行っている。