コラムBIM導入の手順(後編)
2022.05.10
◎「基幹ソフトおよび連携ソフトの選定」「試行・環境整備・仮ワークフローの作成」は前編を参照
3.教育・普及・ワークフローの見直し
教育・普及とは、社内ルールを伝達し、社内の新規BIMユーザーを育成していくことを指します。組織やルールの規模によっては、2.の環境整備と、3.の普及を担う担当者を分けておくなど、負担の軽減を図りましょう。
マニュアル化と研修の実施
仮ワークフロー下のプロジェクトを積み重ねていくと、社内にBIMソフトウェアに関する知識や、設計者など利用者からの改善アイデアがストックされていきます。実質「仮のルール」であったルールを、説明可能なルールに置き換えていきましょう。社内独自のルールに沿ったマニュアル類にしておくことが望ましいです。
ただし、BIMソフトウェアも年ごとに仕様が更新されますし、以後も改善要望やアイデアはストックされ続けていきますから、マニュアルのメンテナンスコストを踏まえたボリュームがよいでしょう。会社によっては、数百ページに及ぶマニュアルや、各操作の動画を内製していたりもしますし、別の会社では、できるだけマニュアル類は少なく、どうしても守って欲しいルールを厳選して解説している会社もあります。組織の体制上、実現可能なボリュームや形式を計画してください。組織にとって必要なルールの範囲で、誰が見ても解釈のブレが生じないように社内独自のルールが説明可能になっていることこそが重要で、マニュアル類がたくさんあればあるほどいいというものではなく、かといって足りなくてもいいものでもありません。また、マニュアルがたくさんあった方が安心という新規ユーザーもいるでしょうし、コンパクトであった方が効率的にBIM体制に参加できる新規ユーザーもいるでしょう。
社内独自のマニュアル類の例として、
- モデル仕様書・・・・社内のモデル作成方法を仕様書としてまとめたもの。
いわば”社内BEP*” - サンプルモデル・・・仕様書の仕様に沿って作成したモデルデータ
- 操作マニュアル・・・サンプルモデルの作成手順を示した操作マニュアル
- BIMワークフロー ・・意匠、構造、設備、積算など、連携する分野別に形状と情報の詳細度
を段階ごとに示す - 各種管理リスト・・・独自の情報項目や各種設定の記録、項目別理解度リストなど
- その他小テーマ別マニュアル
・・・クラウド連携、サーバー連携、シミュレーションなど環境に応じ適宜
などが挙げられます。
※BEP(BIM Execution Plan):BIM実行計画書の略。
一般的にはEIR(Employer’s Information Requirements: 発注者情報要件)と対にして作成する
ものですが、社内的にどういう水準でBIMを実施していくのかをまとめた資料は必要という
意味で「社内BEP」と形容しました。
※上記、まずは意匠分野、基本設計段階に限って作成スタートしていく方がまとめやすいです。
マニュアル類が整理されたら、それらを活用してBIMソフトウェアの新規ユーザーを育成しましょう。社内研修や勉強会を実施し、サンプルモデルの作成を操作マニュアルに沿って進め、ソフトウェアの仕様と社内ルールとを整理しながら受講者に説明するのがオーソドックスな例でしょう。
よくある誤解が、BIMソフトウェアがあれば全てが便利になっているという、いわば都合のいい勘違いです。目的に応じて適切に利用しなければBIMの良さを引き出せない、だからみんなで同じルールに沿う必要がある、ルール化しておくことの重要性を理解してもらえるよう、工夫して研修を組み立ててください。ルール化せずにBIMからモデル図面化した場合と、ルールに基づいて図面化した場合とを部分的に示してみたり、Q&Aセッションを設け、受講者の疑問やアイデアを踏まえて、なぜそのルールを採用しているのかを説明できるようにすると、受講者の納得感が生まれやすいです。
目標設定と、BIM推進体制の見直し
研修実施後、受講者が新規ユーザーとなって実物件でのBIMを実施し、BIMを普及させていきますが、上記の通り、ユーザーのレベルにあった目標設定をしましょう。まずは意匠分野に限定し、かつ基本設計段階に限定して実施した方が無難です。さらに目標を下げて、基本設計図書のうちのどの図面化までをBIMを活用して作成するのかという風に、これまではできていなかったけれど、ユーザーにとっては新しい試みで、恐らくできるだろうが、慣れの問題で少し手戻りもありそうな程度の目標設定をしてください。目標の達成度を評価し、社内でどの程度の普及率か把握しておくとよいでしょう。
一概に導入後すぐに普及するものではなく、ルールの範囲と明確さが普及の進度に関係します。ユーザー目線で見れば、社内的に何を正解とするかが知りたいので、普及を急ぐのであれば、ルールの整備を急ぎましょう。こうした、BIMを社内で展開していくうえで、データマネジメントを行うBIM推進役のあり方も検討が必要です。専任の職能であるべきか、それとも設計者の中から兼任として対応させるのか、社内の事情により判断しましょう。仮ワークフローも教育の開始前に再度見直し、推進役が対応していける現実的なものにアレンジしておきましょう。
4.環境の見直し・メンテナンス
BIMソフトウェアの操作の普及が進んでいくに従い、他社の取り組みや自社内のフィードバックから、目指すBIMの目的が拡がっていくでしょう。目的の拡がりに応じて、各種ルール、テンプレートの再構成、連携するソフトウェアや設備の追加導入を検討しましょう。また、データ連携の仕組みも改善が必要になり、別途アドイン開発*も必要になるケースがあります。そうなると、どういう人員の補充が必要かといった、社内のBIM担当部署のあり方も再検討が必要です。既存の環境そのものの見直しを実施しましょう。組織の規模に応じて、少しずつBIMの範囲を拡げていくのがよいでしょう。
※アドイン開発とは、BIMソフトウェアの標準機能とは別のコマンドを開発すること。
BIMソフトウェア上の入力手順を省力化し、社内独自の機能として実装するための開発。
独自の入力作法の一部を自動化したものや、内容によって数週間の作業になる情報部品の
生成を簡易化したものなど様々。
発注者から求められるBIM
1.~3.まではすべて、社内的に実施するBIMの理想的な推進手順をまとめたものです。これに対して、社外から求められるBIMに応えていくようなプロジェクトもあるでしょう。プロジェクトにもよりますが、主にはEIR(Employer’s Information Requirements: 発注者情報要件。BIMの技術的、管理的、環境的要求水準および成果物をまとめたもの)が提示され、EIRに対しBEP(BIM Execution Plan: BIM実行計画書。どのように要求水準を満たしていくか計画をまとめたもの)を提出し、契約を交わした上で“求められるBIM”を実施していくものです。
このようなプロジェクトでは、社内のBIM推進の事情は一切関係なく、契約に含まれるものは全て期限内に実施しなければいけません。受注前に本当に社内の体制でEIRを満たすことができるのかどうかを正確に見極める必要があります。EIR上の不明点は事前に明らかにしておき、今ストックされているノウハウで対応できるのか、ユーザーのレベルも鑑みて定められた期限内に納まるのか、慎重に見極めましょう。社内的に手に負えない内容であれば、受注しない方がある意味無難です。ですがこうした社外から求められるBIMの水準を踏まえて、社内のBIM普及率の目標設定をしておくことも必要です。
また、こうしたプロジェクトを受注し実施していく際には、社内の各種ルールの調整や追加も必要になるでしょう。発注者が求めているBIMの水準に応えるために、既存の社内ルールでいいのか、それとも新規のルールが必要になるのかを整理し、BEPにまとめていく担当者が必要です。これもBIM推進役の役割の一つと言えるでしょう。