導入事例人生の変化とともに育てた、新しい設計のかたち~ BIMが導いた、やさしい働き方 ~

2025.12.01

松田 まり子

松田まり子建築設計事務所(沖縄会)

私の事務所では、現在、建築設計の仕事においてBIMを活用しています。

手描きの図面から2DCADへ、そして今、BIMへ建築の設計手法が進化する中で、私のキャリアもまた、暮らしや価値観の変化とともに歩んできました。本格的にBIMを導入してからは5年以上が経ちますが、そのきっかけは、目の前の生活と丁寧に向き合う中で生まれた「自分らしく働くにはどうしたらいいか」という問いかけでした。

事務所での作業環境

働き方を見つめ直した時間

若い頃の私は、夢中で建築に打ち込んでいました。日が昇る頃まで設計に没頭し、空間がかたちになる瞬間に心から喜びを感じていたのを覚えています。クライアントと向き合い、一緒に家をつくっていくプロセスは、何にも代えがたい充実感を与えてくれました。

でもある日、ふと立ち止まったのです。無理が重なって体調を崩し、長時間労働が日常だった自分に「このままでは長く続けられないかもしれない」という思いがよぎりました。私は小柄で体力にも自信がなかったため、「このまま突き進むことで、チームの足を引っ張ってしまうのでは」と不安になることもありました。

建築設計は、一人で完結するものではなく、たくさんの人と連携して成り立つ仕事です。だからこそ、自分自身が健康で前向きに関われることが、誠実な関わり方なのではないかと感じるようになりました。結婚を機に、「これから家庭を築く上で、この働き方を見直すべきではないか」という気持ちが強くなり、建築への想いを抱きつつ、責任あるかたちでいったん身を引く、それは苦渋の決断でもありました。

設計への想いを胸に、NPO活動へ

設計から離れている間、私はNPO蒸暑地域住まいの研究会の理事長として、省エネ住宅の研究や普及推進活動に取り組むことになりました。当初は「現場から離れる」という寂しさもありましたが、活動を通じて得られた視点は、設計とは異なる方法で人と環境をつなぐという、新しい建築との関わり方を教えてくれました。

特に沖縄という地域性、高温多湿の気候や、台風などの自然災害と共存する暮らしの中で「どう快適に住むか」を考えるこの経験は、私の設計に大きな気づきをもたらしました。そして、妊娠・出産を経て、「安心して子どもと暮らせる家とは何か」「人の心を包み込むような空間とは何か」という問いが、自分の中で自然と生まれてきました。

日々の暮らしの中にあるささやかな発見。家の中に光が差し込む瞬間や、風が通り抜ける心地よさ、そんな小さな幸せを感じる感覚の積み重ねが、建築家としての軸を育てていくように感じたのです。

子どもと向き合うことで建築に対する考えも大きく変わった

設計への再挑戦、そしてBIMとの出会い

娘が小学校へ上がる頃、私はもう一度、設計の世界に戻ろうと決意しました。けれども、それはかつてのような「無理をしてでもやりきる」働き方ではなく、自分と家族、そしてクライアントとの時間を大切にしながら、しなやかに働く方法を模索する日々でした。

その中で出会ったのが、BIMというツールです。以前から使っていたVectorworksの2D機能に加え、BIM機能を試してみたことで、「これは今の自分の働き方にぴったりかもしれない」と感じました。

操作に不安があった最初の頃は、識者に質問攻めをしたり、YouTubeの解説動画やオンライン講座を見ながら、できることから少しずつ取り入れていきました。子どもが寝た後や移動時間など、わずかな時間を積み重ねながら、学びを続けていく毎日。やがてその積み重ねが、確かな手応えとなって返ってきたのです。

設計に“やさしさ”をもたらしたBIMの力

BIMの魅力は何と言っても、設計情報を一元化し、建築を「見えるかたち」で管理できる点にあります。1つのモデルを中心に、平面図・断面図・立面図が自動で生成され、修正も瞬時に反映されます。かつて1つの変更に何枚もの図面を描き直していた日々が、嘘のように感じました。

また、面積や寸法の変更、文字の修正にかかる時間が減り、本来向き合うべき“空間の質”に注力できるようになったのも、大きな変化でした。限られた時間の中で、より深く丁寧に設計ができる、BIMはまさに時間と質のバランスを支えてくれる存在となったのです。

沖縄での住宅設計では、「風通しの良い家」という要望を受けることがよくあります。感覚的な単なる窓の配置だけで決めて良いのか、以前から疑問に思っていたことを、BIMモデルの立ち上げをきっかけにCFD「Flow Designer」による解析で風通しのシミュレーションを行い、クライアントにとっても視覚的に分かりやすい説明ができるようになりました。

(左)実際の作業画面
(右)周囲の建物モデルをBIMでつくり、計画予定の住宅のどの部分に風が当たるかを検証

共有できる安心感、深まる信頼

BIMの恩恵は、効率化だけにとどまりません。3Dモデルで空間を共有できることで、クライアントとのコミュニケーションが飛躍的に豊かになりました。

図面だけでは伝わりにくい採光や距離感も、実際にモデルを回しながら見せることで、「ここに立ったとき、こう見える」という“体感”を一緒に確認することができます。さらに、時間帯ごとの日射シミュレーションを通じて、住まいの中に季節や時間がどう入り込むのかを伝えられるようになったことも、設計者として大きな武器になりました。

こうした「見える化」は、クライアントとの対話を深め、安心や信頼を生むだけでなく、家づくりそのものを一緒に楽しめる空気を生んでくれます。

(左)BIM上のLDKのパースイメージ、(右)実現後
(左)螺旋階段と日射光シミュレーション、(右)実現後
(上)外観パース、(下)外観写真  写真撮影 石井紀久

これからも、やさしく建築とつながっていくために

BIMは決して“魔法の道具”ではありません。日々の業務の中で悩んだり、試行錯誤を繰り返すことも少なくありません。けれども、そうした学びのプロセスも含めて「今の自分に合った働き方」をつくっていけることが、私にとって何よりの財産だと感じています。

私はこれからも、建築を通して誰かの暮らしに寄り添いたいと思っています。そして、自分の経験を言葉にすることで、同じようにライフステージの変化に向き合いながら働き方を模索している人たちの力になれたら、と願っています。

人生の変化に寄り添いながら、設計という仕事を、自分らしく、やさしく続けていく。その選択肢の1つとして、BIMは今も、そしてこれからも、私のそばにあり続けてくれると信じています。

今いる若いスタッフの未来の幸せを願っています。なぜか全員女性です

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プロフィール

松田 まり子(まつだ・まりこ)

2000年、東京都市大学(前武蔵工業大学)工学部建築学科卒業。都内および沖縄県内設計事務所等を経て10年にNPO蒸暑地域住まいの研究会理事長就任。19年、松田まり子建築設計事務所設立。沖縄建築賞、建築九州賞、JIA環境建築賞等多数受賞